映画や本の感想アレコレ。ネタバレにはほとんど配慮してません。ご注意! 


by nao_tya
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カテゴリ:読書感想etc.( 33 )

 アルトゥーロ・ペレス・レベルテの『アラトリステ』を読み終えました~。このシリーズがヴィゴ主演で映画化されると知って、英語版で半分くらい読み進めていたせいで人間関係がある程度頭にあって、思ったよりもずいぶん早くページが進みましたよ。
 17世紀のスペインを舞台に、退役軍人のディエゴ・アラトリステが活躍する冒険譚の第1巻なんですが、今回はこれからも出てくるであろう様々な登場人物たちが顔見世程度にちょこちょこ出てきてまして、アラトリステや彼の亡き友人の忘れ形見で従者となっているイニゴ少年以外は、それぞれ特徴はあるもののあまりはっきりした性格付けまではわからない感じでした。2巻以降は彼らがどんどんアラトリステに絡んできてその個性を発揮してくれることを期待したいです。
 アラトリステは戦場で負傷して退役してからは、マドリードで剣客として雇われ仕事をして身を立てています。ある日、ふたりのイングランド人に関する依頼を引き受けたことから騒動に巻き込まれていくことになります。
 歴史的事実とフィクション、実在の人物と物語のために創造された人間がうまーく絡み合ってるし、展開も早く、さらりと読めておもしろかったです。一応1巻でひとつの事件は解決していますが、まだまだ波乱万丈な展開が待ち受けていそうなのも楽しみ。この話を読むと、もう一度ヨーロッパ史をお勉強したくなりますね(笑)。
 アラトリステは無口でどちらかと云えば無愛想な男ですが、イニゴ少年を気遣っているしかわいがっている様子がほの見えてなかなか良い感じです。人に雇われて剣の腕を奮うのが仕事だけど、彼のなかには譲れない一線 (例えば応戦する用意のない人間に切りつけたりしない、とかね) というのが存在していて、頑ななまでにそれを守ろうとするために窮地に陥ることもあれば、逆に救われることもある、というのがすでに第1巻からわかります。
 友人にこういう男がいればとても心強く、なにかことが起こったときに頼りになる存在です。ただし、金銭的な援助の申し込みはとてもじゃないけどできそうにないですが。なにせ1巻は借金が払えないために刑務所に入れられていたアラトリステが、ようやく釈放されたところから始まるんだから(笑)。 
 長く戦場で過ごしてきたせいで、運命論者になっているというのは、「ホーンブロワー」シリーズのホレイショと同じですね。戦争という大きな渦のなかにいると、自分の努力だけではどうすることもできない事態というのが必ずあって、「運命」の存在を信じるようになるということなんでしょうか。
 イニゴ少年もなかなか機転が利くし、勇気があってすごくかわいいです。今はわずか13歳ですが、将来はなかなか有望そうですよ~。
 そして不気味な存在としてこれからアラトリステの行く先に影を落としそうなのは、異端審問所長官・ボカネグラ師。すっかりわたしのなかのヴィジュアル・イメージは『白バラの祈り―ゾフィー・ショル、最後の日々』のフライスラー裁判官 (アンドレ・ヘンニック) でございました。や、なんかこのお二方、イメージが重なるところがあるんだもん。
 あともうひとりアラトリステの仇敵となりそうなのは、イタリア人の刺客・マラテスタ。殺しを楽しむタイプの男で、「ティルリ、タ、タ」と口笛を吹くのが癖みたい(笑)。敵にはとにかく容赦がなさそうだし、卑怯な手も平気で使う男ですが、イニゴに手を出さず意味深な言葉を残すあたり、アラトリステ同様に結構フクザツな内面を持っていそうです。
 あとひとり気にかかるのは、イニゴ少年がすっかりのぼせちゃってる美少女・アンヘリカ。イニゴと同じ年齢ながら、すでに誰に教わるともなく人を誘惑する術を心得ている少女で、将来は悪女間違いなし! という雰囲気が漂ってます。登場シーンはほんの少しなのにかなり強烈なインパクトがありました。まだまだ純真なイニゴが彼女によってひどい痛手を受けそうな予感がヒシヒシと…。そうなった場合、もちろんその主人のアラトリステも、その余波を受けること間違いなしでしょう。
 物語が大きく動き出すのはまだまだこれから! という感じですが、かなり面白そうでこれから出版される5巻まで期待が膨らみます。丁寧な注釈もついていて、17世紀のヨーロッパの歴史に通じてなくても読みながら理解できるようになっているのもありがたいです。
 残念なのはこの第1巻の第1刷には行抜け・行過多、誤字・脱字などがポロポロあることですかね。正誤表などが翻訳者さんたちのサイトにすでに上がっていて、こういうところはネット時代のありがたみを感じます。重版がかかればもちろん訂正されていくでしょうけど、そのためには第1刷分が売れないとな~。映画の日本公開が決まれば後押しになるんだろうけど、どこか買ってくれないものでしょうか。アメリカでの興行成績しだいなのかしらん。

●映画『Alatriste』公式サイト (スペイン語)
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by nao_tya | 2006-07-05 23:27 | 読書感想etc.
 エリス・ピーターズの「修道士カドフェル」シリーズ、長編最終話『背教者カドフェル』を読み終わりました。事務所のU地さんに1冊ずつお借りしながら読み進めてきたシリーズですが、これが最後かと思うと感無量です!
 あとがきによりますと、作者のピーターズ女史は続編を執筆中だったそうですが、書き終えないうちに亡くなられ、自分以外の誰もその作品に結末をつけてはならないという指示があったそうな。続編が読めないのは残念ですが、確かに作者以外の誰かが勝手に事件の展開を考えて本が出版されても、なんだか納得いかないですもんね。
 それに、この『背教者カドフェル』は長編20作に及ぶこのシリーズの終尾を飾るのにふさわしい1作だったと思います。
 内容はといいますと、内乱の中心人物であるスティーブン王とモード女帝、その他の有力者たちが一堂に会する和平協議が開かれる知らせが、背こぶのロバートからヒューのもとにもたらされところから始まります。
 この知らせと同時に、女帝派であったド・スーリが王側に寝返る際、彼に従わなかった守備隊の騎士たちを捕虜としたこと、その捕虜のなかに名乗りこそ挙げていないもののカドフェルの息子であるオリヴィエ・ド・ブルターニュが含まれていることが判明しました。
 捕虜となった騎士たちは王によって支持者たちに分配され、身代金を要求されるなどしていますが、ただひとりオリヴィエに関してだけは身代金の要求もされず、捕らえている人間や場所などがわからないままになっているのでした。
 カドフェルは修道請願を立てた身ですから、ロバート修道院長の許しがなければ修道院を離れることはできません。オリヴィエとの関係を打ち明け、なんとかヒューとともに会議に出席することだけは許してもらいますが、捜索の成果に関わらず、会議が終われば速やかに修道院に戻るように言い渡されます。
 許された期間以上に修道院を離れていれば規律に反したことになり、カドフェルは背教者となってしまいます。例えそうなっても、カドフェルはあくまでもオリヴィエを無事に救出するまでは諦めない覚悟で旅に出るのでした。
 このお話では、いつものような若者たちの恋は描かれていません。そのかわり、ひとつの殺人事件と3組の親子の葛藤と愛情が描かれています。親子のひと組めはもちろんカドフェルとオリヴィエ、もうひと組は女帝の異母兄で強力な支持者であるグロスター伯ロバートと、彼の息子で突然王派に鞍替えしたフィリップ。残るひと組は伏せておいたほうが実際にこの本を読むときに楽しめると思います。
 魂の平穏を捨ててもオリヴィエのために奔走するカドフェルと、カドフェルが自分の父親だと打ち明けてくれなかったことや全てを捨ててまで自分を救おうとしたことに最初に腹は立てるものの、彼を理解し受け入れたオリヴィエが、初めて互いを親子として認め合った状態で相対するところはすごくほっとさせられます。互いのことを心の底から誇りに思っている親子っていいですよね~。
 そして、自分の誤りに気付いた息子と、そんな息子を赦した父親が、病床の彼の頬にごく自然に口づけするシーンも、言葉は少ないながらも感動的です。
 フィリップは多分、なにか完全なものを熱烈に崇拝したいタイプの人間なんじゃないかな~と読んでいて思いました。だから魅力もあるけど欠点も数多ある王や女帝に失望してしまったんじゃないかしら。相手に完璧なものを求めるのはオリヴィエに対する態度にも表れてたし。
 失望のあと、背こぶのロバートやヒューのように中庸の立場に立つのではなく、また新たな崇拝の対象を求めて十字軍に加わっちゃうあたりが若いというか、悟ってないなぁと感じてしまいます。結局人間のすることに完璧なんてありえないわけで、カドフェルの云うとおり、きっとまた彼は故郷から遠い地で失望を感じてしまうのだろうと考えたら、ちょっと気の毒な気分に…。
 このシリーズでは、王は度を過ぎた騎士道精神の持ち主で粘り強さに欠けていること、女帝は執念深くて狭量と、どちらもなかなか難儀な性格をしていることが度々出てきますが、それぞれにもちろんこの欠点を補う魅力があるところが人間的でおもしろいと、読んでる側は思います。ただ、その魅力が相手を大きく上回るものではないために、内乱が長引いて国が疲弊してしまっているわけなんですけど。この内乱の結末はもちろん実際の歴史だからちょっと調べればわかりますが、カドフェルの目をとおして見てみたかったなぁ。
 成長したイーヴ・ユーゴニンが少々短気者すが、真っ直ぐで気持ちのいい青年になっていたのはうれしかった! もしピーターズ女史が続編をどんどん執筆していたら、きっと彼の恋の相手も出てきたことでしょう。カドフェルの孫が男女どちらかわからないのと同じくらい残念です。
 攻城戦など、シリーズのなかでは一番派手な戦闘シーンもありますが、最後はやはり落ち着いたシュルーズベリ修道院の空気のなかで終わるところも好きです。今回の旅は、カドフェルが自分の選んだ修道生活に満足し、自分の選択に間違いはないことを再確認したという意味でも実りの多いもので、本当にシリーズに大きな区切りをつけたよいお話でありました。
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by nao_tya | 2006-07-04 23:05 | 読書感想etc.
 「海の男/ホーンブロワー」シリーズ第8作『決戦! バルト海』を読み終えました。第7作『勇者の帰還』のあと、うっかり飛ばして第9作『セーヌ湾の反乱』を読んでしまっていたので、ブッシュさんの元気な姿が登場したときはすごく懐かしい感じがしました(笑)。
 今回、ホーンブロワーはヨーロッパ各国の思惑が複雑に絡みあうバルト海へ、戦隊司令官 (コモドー) として派遣されることになります。旗艦はノンサッチ号。艦長はブッシュさんです! 艦長に誰がほしいかと問われたホーンブロワーが、ブッシュさんの名前を即挙げるところは読んでいてとてもうれしく、思わず顔がニヤニヤしちゃいました。
 ホーンブロワー曰く、「おそらくもっと頭の切れる艦長も、もっと才気縦横の艦長も、よりどりみどりだろうが、彼が欲しい艦長はただ一人しかいなかった」ですってよ~。
 自分がご機嫌斜めなときには八つ当たりの対象、いわば精神的サンドバッグにしてる(!)ブッシュさんですが、やはり長い作戦期間を一緒に過ごす自分の旗艦の艦長には、気心の知れたブッシュさん以外には考えつかないというあたり、泣かせるじゃありませんか。
 もちろんブッシュさんのホーンブロワーに対する友情・信頼の気持ちも変わりありません。というか、ブッシュさんは本当にホーンブロワーのことを大事にしてるのね、と思わせる一文が。「ブッシュはまるで、向こう見ずな子供を持つ心配性の親―ヒヨコを一羽かかえた雌鳥だ。彼はいつも、どう転ぶかわからないロシア人に、自分の大事なホーンブロワーを任せるのを不安がる」。で、ホーンブロワーもそのことを承知していて、虫の居所が悪いとむかっ腹を立てるんだけど、どこかでそれを嬉しく思ってるんですよね~(笑)。
 『勇者の帰還』でも有能ぶりを発揮していた艇長のブラウンも、相変わらずホーンブロワーをしっかりサポートしています。気難しいホーンブロワーの性格を飲み込んでいて、うまーく立ち回って気を利かせるところなんて、なかなかほかの人間に真似できるもんじゃないと思います。
 シリーズが始まって以来、新たな任務について海に出た当初は必ず船酔いに悩まされ、艦長になってからはそれをほかの乗務員に知られまいとけなげな努力を重ねていた (でもイマイチ功を奏してなかった/笑) ホーンブロワーが、この航海では初めて船酔いから解放されているのも特筆すべきことかと…。
 彼の船酔いは、いつでも不足しがちな乗員の頭数をそろえることや、なかなか届かない物資の調達に出帆間際まで忙殺され、体調が最悪なまま航海が始まるのが主な原因だったわけで、司令官となった今回はそういった雑事に煩わされることがないんですよね。なんとか威厳を保とうとキリキリしてるホーンブロワーを見る機会が減るのはちょっと残念な気もしますが、まずはめでたいことです(笑)。
 しかし、艦長としての苦労がなくなっても司令官としての苦労が出てくるわけで、作戦全体の責任を負って、立案した戦闘の結果をただ待つだけという重責はもちろん、艦内の指揮に関しては気がつくところがあっても口出しできないので、ブッシュにそれとなーく気付かせるように気をまわしたりと、なかなか大変そうです。
 ナポレオンの侵攻が間近で、フランスと開戦するか否かが微妙なロシアをイギリス側に引き入れるべく、ホーンブロワーがロシア皇帝を前に一席ぶつシーンなども出てきます。複雑な国際情勢が描かれて、いつもの冒険活劇とはちょっと違うところも目先が変わっておもしろかったです。ロシア皇帝の晩餐会に招かれたホーンブロワーが、勝手のわからないなかでかなり苦しい思いをするところなんかは笑えました。
 後半からはリガの陸戦が主になってしまいますが、ホーンブロワーのひらめきは変わらず、読み応えがありました。そうそう、登場人物のひとり、クラウゼビッツさんというのは実在の人物で「戦争論」という本の著者だそうな。うーん、全然ピンとこないな(笑)。
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by nao_tya | 2006-06-27 23:31 | 読書感想etc.
〔ストーリー〕
 音村夏貴は過干渉気味の母親と、それが起因となっているらしい過呼吸の発作に悩む14歳の中学生。親友で相談相手でもある日野正哉が不審火により焼死してしまい、ショックを隠しきれないでいたところ、なんと形見である携帯電話から正哉が語りかけてきた! 火事の原因を探るため、夏貴と正哉は行動を開始するのだが…。


 大店の若だんなと彼についている妖たちとのほのぼの時代小説『しゃばけ』で知った畠中恵さんの現代モノ『百万の手』が文庫化されたので、早速読んでみました。
 結論から先に申しあげますと、読後感は「う~ん、微妙…?」でございました~。期待が大きすぎたのかなぁ。↑のストーリーのとっかかりから推測するに、夏貴くんが携帯電話についた(?)正哉くんの霊と協力しあって事件を解決。そのなかでいささか親友に頼りぎみだった夏貴くんも徐々にたくましく成長し、最後には正哉くんとの涙・涙の本当のお別れが…、なんて展開を想像していたんです。ところが肝心の正哉くん、とある事情で話の途中から出てこなくなっちゃうんだもん!! そんなんアリか!?
 出てこなくなった正哉くんの代わりに夏貴くんと事件の真相を探っていくのは、母親の婚約者である東省吾さん。この人はこの人で特に嫌いなキャラクターではないんですが、少年ふたりの冒険談みたいなものを予想していただけに、なんだか肩透かしを喰らったような気分だったのでした。
 あとですね、導入部は「亡き親友が形見の携帯電話から語りかけてくる」というオカルトチックというかファンタジックな設定なのに、話が進むにつれてどんどんそういう雰囲気が削られていって、なんだか生々しいというか科学的な方向にいってしまうんで、読んでる側としては戸惑います。そうやって現実路線に軌道修正したのかと思いきや、事件解決のヤマ場に携帯電話が活躍(?)するのもまた唐突な感じが否めないし。結果としてすごくチグハグな印象が残ってしまいます。
 それと、登場人物たちが良く書き込まれている人とそうでもない人の落差が大きい気もします。主人公の夏貴くんはもちろん、東さんのエピソードや描写なんかはけっこう力が入ってるし、最初に出てきたときの胡散臭いオッサンからぐんぐん好感度を上げてくるところとかは良かったです。だけど、その東さんが婚約している夏貴くんのお母さんの描写がほとんどないので、なんでこのふたりがお互いを必要としあって結婚しようとしてるのかが、いまひとつ説得力がない。和美ちゃんなども途中退場させず、もうちょっとエピソードを加えて活躍させてあげれば、けっこう魅力的になったんじゃないかな~。
 全体的に、登場人物たちが事件を起こしたというのではなく、事件のために登場人物たちが配置されたって感じなので、必要最低限しかそれまで出てこなかった人間が犯人だとわかっても、「え、この人が?」という意外性もないし、「やっぱりね!」と納得する気持ちにもなれなかったのでした。第一、家族全員の焼死を目論むのなら、深夜みなが寝静まったころに犯行に及ぶくらいの頭を働かせるだろう、普通。
 うーん、マイナス点ばかりを挙げてしまいましたが、事件の核心である●●ー●についての簡単に答えの出ない問題、自分と「違う」人間へ抱く恐怖から他者を排除・攻撃しようとする問題とかは考えさせられたし、「どんな人間だって精一杯、一生懸命生きてゆく権利があるんだ」という作者のメッセージはとてもよく伝わってきましたですよ。
 重たい問題を扱っていますが、語り口がさらりとしていて読みやすいので、『しゃばけ』シリーズのようなほんわか優しい雰囲気を求めず、本格SF、ミステリ小説でなしに良質なジュヴナイル小説と考えたら、これはこれでOKなのかもしれません。
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by nao_tya | 2006-06-16 15:13 | 読書感想etc.
 何度もタイトルを目にしているのに、頭に浮かぶときにはセーヌ「川」の反乱と勘違いしてしまう、「海の男ホーンブロワー」シリーズの第9作、『セーヌ湾の反乱』読了です。
 シリーズを読みついできたなかで、今作が一番の衝撃をもたらしてくれました。ブッシュさんが、ブッシュさんがお亡くなりになっちゃいましたよぉ~っ!!!
 ブッシュさん=ウィリアム・ブッシュが初登場したのは第2作『スペイン要塞を撃滅せよ』だったかな? ホーンブロワーと出会ったときはふたりともまだ海尉だったんですが、ブッシュさんのほうが先任でした。その後ホーンブロワーがどんどこ出世しちゃったために地位は逆転しましたが、長い間良き副官として彼に仕え、ホーンブロワーにとってはほぼ唯一の友人、親友となります。そして『勇者の帰還』ではとうとう念願の艦長に就任!
 神経質で自分の内心を見透かされることをなにより嫌うホーンブロワーの天邪鬼な言動に振り回されーの・八つ当たりされーのしてるのに、彼の才能を認めて愚直なほどの信頼と好意を寄せていたのがブッシュさんというお人です。ホーンブロワーのような複雑さはまったくなくて、なんというか“朴訥”という言葉が一番しっくりくるような感じ。わたしのイチ押しキャラだったのでございます~。
 そんなブッシュさんが、長く続いたナポレオンとの戦争が間もなく終わり、ようやく平和が訪れようとしているときに亡くなってしまうなんて。しかも爆発で吹っ飛ばされて遺体も見つからない状態で! あんまりだわよ、恨むぞ、セシル~(涙)。
 彼の死についての記述はすごくあっさりしてますが、ホーンブロワーの嘆きはたっぷりでした。相変わらずなるべく感情を表すまいとしてるんですが、それでも抑えきれない悲嘆の念が込み上げてくるあたり、読んでるこっちまでウルウルしちゃいます。あのホーンブロワーが「ブッシュのいない世界など考えられなかった。ブッシュに会うことのない未来など、考えられなかった」とまで云っておりますよ。いかにブッシュがホーンブロワーのなかで大事な人間だったかがわかります…。
 ブッシュさん死亡というショッキングな出来事のほかは、『セーヌ湾の反乱』はなかなか意外な展開がてんこ盛りで、最後まで先が読めずにいたのでかなりおもしろかったです。
 ホーンブロワーがバス勲爵士に列せられる儀式の場から緊急の指令で呼び出されるところからお話は始まります。セーヌ湾でフランスの海上封鎖任務についているイギリス艦フレーム号に反乱が起こったため、ホーンブロワーが事態の収拾に乗り出し、相変わらずの奇抜なアイデアで解決。海での戦闘はここだけですが、フランスの情勢が大きく変わることもあり、以降事態が思わぬ方向へと動きだしていくんですね~。
 『勇者の帰還』で登場したフランス貴族のグラセー伯爵、彼の義娘であるマリーとの再会があり、貴族にまでなって立身出世を遂げたのにどこか満たされないホーンブロワーとマリーの焼けぼっくいに火がついちゃうあたりは女性としてはどうもいただけませんが、グラセー伯爵との交流はブッシュさんがいない状態では心温まるものでした。伯爵がホーンブロワーを息子と呼び、それに応えてホーンブロワーが伯爵へ自然と父と返すシーンは、状況が緊迫しているだけにふたりの心情を思うと切なかったです。
 しかし、これでいよいよナポレオンとの戦争も終結したわけで、最終巻となる『海軍提督ホーンブロワー』はどんな話なのか予想がつきません。気持ちはあるのにちょっとすれ違ってしまっているレディ・バーバラとの夫婦関係も気になるところですな。

 と、ここまで感想を書いて、読み終えた本を前作たちと一緒のところにしまおうと本棚を覗いたら、大変なことに気付いてしまいました。わたし、第8作の『決戦! バルト海』を飛ばして第9作に進んじゃってた…!
 いや、『セーヌ湾の反乱』を読んでると、やたらとホーンブロワーがチフスにかかったって出てきてて、こんなエピソードは覚えがないなぁ、ヘンだなぁとは思っていたのですよ。もっとちゃんと確認すれば良かった…。うぅ、後悔先に立たずとはまさにこのこと。なんてマヌケなんだ~。
 いやでも考えてみたら、またブッシュさんが元気に活躍してる話が読めるわけだよね、うん (←ムリヤリ納得)。
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by nao_tya | 2006-06-14 23:53 | 読書感想etc.
〔ストーリー〕
 ジェフロワ・ド・マンデヴィルが死亡し、略奪されていたラムゼー修道院が返還されて修復されることになった。シュルーズベリ修道院にはラムゼー修道院の副院長補佐ヘールインと見習い修道士チューティロが援助を求めにやってきた。再建資金の寄付集めも首尾よく成功し、あとはラムゼーに戻るばかりとなったところで大雨による洪水に見舞われてしまう。修道院では貴重品の避難がされたが、水が引いたときに聖ウィニフレッドの遺骨を収めた聖骨箱が紛失していることが判明した…。


 「修道士カドフェル」シリーズ第19作『聖なる泥棒』、読了です。これもドラマ化されたものを先に観ていたので読みやすいかな~と考えていましたが、最後まで話にノリきれず思いのほかてこずって読み終えるまでに時間がかかってしまいました。
 なんでなんだろうと考えてみたところ、レギュラーメンバーはともかくとして、どうもこの話で新たに出てくる登場人物のなかに誰ひとりとして思い入れを持てるような人間がいなかったことが敗因ではないかと思われます。
 そのせいで、シリーズ第1作『聖女の遺骨求む』でのカドフェルの行為が暴露されるかどうかの瀬戸際に立たされるスリルは楽しめましたが、いつものように、互いに対する気持ちはあるのに様々な障害のためになかなか結ばれないカップルの行く末にヤキモキしたり、彼らが巻き込まれた殺人事件の動機や犯人探しに頭を悩ませたりってことがなかったのでした。
 今回の登場人物で一番注目を集めるのは、ラムゼー修道院からやってきた見習い修道士チューティロ。彼が恋の行方の当事者であり、聖ウィニフレッド行方不明事件や殺人事件に大きく関わっている人間なんですね。音楽の才能にあふれた青年で、決して悪党というわけでもないんですが、どうもこの芸術家肌の人間というのはわたしとは相容れないものがあるようで。
 地に足が着いてなくて浮世離れしているみたいなのに、決して純粋無垢というわけでもない。簡単にウソをついたり下手な小細工をしたりと、やってることはけっこうコスイ。だからわたしは彼がどういう人間なのかいまひとつ掴みきれず、最後まで共感も反発もできないままでした。善悪どっちつかずの複雑でややっこしいところがどうでもいいやと思えるくらい、チューティロの音楽の才能はすごいんだ! ということがわかるシーンがあれば、また印象も違ってたんでしょうが、彼が音楽に触れる場面はわりとあっさりとした描写だったので、よくわからん奴だなぁで終わってしまったのでありました。
 第17作『陶工の畑』のドナータが再登場し、静かな最期を迎えたことがわかったのは良かったです。死がいよいよ近づいて、ますます透明感を増して観察力が鋭くなった彼女が、チューティロのことをなにもかも見通したように語った言葉が、物語の終わりに再び出てくるところなんてちょっとゾクゾクしてしまいましたよ。
 あと興味深かったのは、聖ウィニフレットの落ち着き先を決めるのに行われた、福音書を使った占いの様子です。閉じてある福音書のページを適当に開いて、そのページのなかでこれまた適当に指差した部分をご託宣として解釈するという占い。今の時代だったら絶対にそんなんアリか!? とツッコミを入れられるでしょうが、「聖女のご意志」としてこれが当然に受け入れられちゃう。神さまと人々の距離が近かった中世ならではの争議の解決方法だな~と感心しちゃいます。
 まったく作為なしに選んでいるはずなのに、ピタリピタリと状況に合った一文が登場するあたりはいかにも小説ですが、占いの場が緊張感あふれる敬虔な雰囲気に包まれているのが読んでいて伝わってきて、なんとなく納得してしまうのでした。風でめくられたページに白い花びらが落ちてくるシーンなんて、読んでて息をつめてしまうくらい美しかった!
 そうそう、忘れてはならないのは、ロバート副院長の腰巾着ジェローム修道士ですね! ラドルファス院長の信頼を受けて、事件が起こればかなり自由に行動するカドフェルをおもしろく思ってない態度が見え見えだし、しょっちゅう修道院内をかぎまわってはロバート副院長に告げ口をしている小憎たらしいジェロームが、今回はかなり心理的に痛い目に遭っています。かわいそうと同情するよりも、ざまぁみろって気分になるのはこれまでの行動からいたしかたないかと…(笑)。
 ロバート副院長とラムゼーのヘールイン副院長補佐の角突き合いに、暇をもてあましたレスター伯ロバートがちょっかいを出してくるあたりも楽しかったです。レスター伯にいいように遊ばれているのに、互いの主張を通すのに夢中でまったくそれに気付かないふたりがオカシイ。傍観者のヒューだけがこの状況をおもしろがっていたようで、最近はあまり出てこなかったヒューの人の悪さがヒョッコリ顔をだした感じです。このレスター伯、なかなか人間ができた魅力的な人ですが、このシリーズも長編は残すところ1冊だけでは再登場は無理でしょうかね~。
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by nao_tya | 2006-06-06 23:19 | 読書感想etc.
 『ハリー・ポッター』シリーズは自分では買わず、同僚のO野さんに貸してもらっているので、いつものごとく世間さまから遅れて『ハリー・ポッターと謎のプリンス』を読了いたしました。
 ローリング女史がこれからどんどんダークな展開に…、てなことを云っていたので、上巻の「どこの青春学園恋愛ドラマやねん!」という運びには正直面食らいましたが、ハリーやロンが自分の気持ちがどこに向かっているのか認められず、悶々・ジタバタしている様子がかわいくて、なかなかおもしろかったです。もはや彼らの成長を見守る近所のおばちゃん状態ですな。
 前巻くらいからかな? ロンの妹というだけでなくえらくジニーがクローズアップされていたので、彼女がハリーの意中の人になるのはやっぱりなぁという感じで納得。ハキハキと明るく果敢で、けっこう毒舌家の美少女ジニーはチョウ・チャンより好感度が高いです。ロンに対する「あっちこっちで二匹のうなぎみたいにジタバタのたうってたのは、どなた?」という発言には笑わせてもらいましたわ。
 んー、でもロンの態度はどう考えても不誠実だよね! 自分が好きなコより自分を好きだとハッキリ態度で示してくれるコにフラフラいっちゃう気持ちもわからないではないですが、それが間違いだと気付いたら、自分から態度をはっきりさせるくらいの勇気や誠意は見せなきゃ。この軟弱者ぶりでは、ハーマイオニーが将来苦労するのは見えてます。やめとくなら今のうちなんだろうけど、そういうとこも理解したうえでハーマイオニーはロンが好きなんだろうなぁ(笑)。
 また、この恋愛模様を見ていても、ハリーにとってロンやハーマイオニーとの友情が絶対に失いたくない、とても大切なものなんだということがわかります。ホグワーツに入学するまでのハリーはとにかく人との繋がりが希薄だったから、強く結びついた関係を壊したくないという気持ちがひと一倍強いんだと思う。それだけに、今回のダンブルドアの死は悲しかった。
 実を云うと、この巻で死ぬとしたらダンブルドアかスネイプのどちらかじゃなかろうかと考えていたので、ダンブルドアがお亡くなりになったこと自体には、さほど大きな衝撃を受けることはありませんでした。でも、両親、名付け親、恩師と、庇護者を次々と亡くし、否応なしに子どもではいられなくなるハリーがやはりかわいそうで…。
 だからこそ、どこまでも一緒に行くと云ってくれるロンとハーマイオニーの気持ちにはジーンときてしまいました。あと、DAの召集に応じたネビルとルーナも本当にいい子たち! 前作の『フェニックス騎士団』に引き続き、裏づけがないとなかなか行動を起こせない大人たちにもどかしさを感じるだけに、子どもたちの行動力と真っ直ぐな友情には救われた気分になります。
 ハリーたちのほかに新しいカップルが誕生したのも、暗いお話のなかでは嬉しいできごとでした。英語の発音が不自由でどうにもバカっぽそうに見えちゃうし、ハリポタの女性陣にはお色気いっぱいのとこがどうにもウケが悪いけど、重傷を負ったビルにフラーが見せる愛情はすばらしかったです。ぜひとも7巻ではふたりの盛大な結婚式の模様を伝えてほしい!
 ルーピンとトンクスのカップルもいい感じ。「いまはそんなことを話す時じゃない」なんてルーピンは云ってますが、こういう明日生きているかどうかもわからないときだから、ちゃんと自分が大事に思っている人間にはその気持ちを伝えなきゃいけないんだと思うぞ。ハリポタでは女性たちに比べて男性たちがどうもウジウジしちゃっていかんですな。
 いよいよ最終話となる第7巻はホグワーツが舞台になることはないのかな。それともヴォルデモートとの最終決戦は、やはりふたりともに思い入れがあるホグワーツでなのかしら。
 『謎のプリンス』で残った謎のうち最大のものは、分霊箱をすり替えた「R.A.B」が誰かということですね。シリウスの弟のレギュラス・ブラックが怪しそうですが、彼のミドルネームって出てきてたっけ?
 あと気にかかるのは、スネイプ、ドラコ、ピーター・ペティグリューの3人。ダンブルドアにあれだけ信頼されていただけに、スネイプが本当に裏切り者なのか未だ確信が持てません。まだもうひとひねりあると期待したいところ。殺人を犯すという一線は踏み越えられず、弱さを見せたドラコは7巻でどんな行動をとるのか。一度ハリーに命を助けられたピーターは?
 そして、実を云うとまだこっそりシリウスの復活に望みをかけているわたしなのでした。む、無理かな~。
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by nao_tya | 2006-06-03 23:36 | 読書感想etc.
 エリス・ピーターズ「修道士カドフェル」シリーズ第18作は、『デーン人の夏』。シリーズ最初のころにカドフェルの助手だった修道士のマークが助祭となって姿を見せ、お馴染みのシュルーズベリから離れてウェールズで展開するお話です。

〔ストーリー〕
 ウェールズで復活した司教区の新任司教へ、ロジャー・ド・クリントン司教から祝いの書簡と贈り物が届けられることになった。選ばれた使者は、かつてのカドフェルの助手で、今はリッチフィールドで司祭となるべく励んでいるマーク。マークはシュルーズベリへ立ち寄り、ラドルファス院長の許可を得てカドフェルが通訳としてウェールズへの旅に同行することになった。懐かしいマークとの心弾む旅となるはずだったのだが…。


 というわけで、シュルーズベリの修道院から姿はなくなったものの、しばしばカドフェルの脳裏をよぎっていたマークが久々に再登場しました。「あらあら、マークってば立派になっちゃって!」と、読みながらすっかり近所のおばちゃん状態になってしまったわたしです。
 前作の『陶工の畑』がわりとミステリ寄りの話だった反動なのか、この『デーン人の夏』は殺人事件は起こりますが、推理力を働かせてその犯人を突き止めるような展開はせず、どっちかというとこの件に関しては放ったらかし。最後に殺人者が告白して解決、という感じです。
 そのかわり重点が置かれているのは、登場人物たちのなかなか複雑で興味深い人間模様でありました。特にオエインとキャドウォラタ、メイリオンとヘレズの愛憎半ばするような関係が秀逸だったのではないかと。
 まずは、『死者の身代金』で初登場だったかな? これまでも名前は良く登場していたウェールズのグウィネズ領主オエインと、彼の弟キャドウォラタ。このキャドウォラタがまさにトラブルメーカーというのにふさわしい人物で、厄介ごとを引き起こしてはオエインを怒らせるものの、オエインはどうしても彼を突き放せないでいるんですね~。
 キャドウォラタは、自分の側近たちにオエインの娘の婚約者である領主を襲わせて殺させたり、それをとがめられて追放されたら、今度は自分の領地を取り戻すためにデーン人と契約してオエインに脅しをかけてきたりと、やってることはかなり悪辣で卑怯なのに、なんでか憎めない。考えなしだけど反面底なしの楽天家というか、そのバカっぽさがそう思わせるんでしょうか。自分が兄に愛されており結局は許されることをちゃんと了解していて、それに甘えているという自覚もなくどっかり胡坐をかいて恥じないでいるとこが、なんというか「弟」だな~と思います。
 新しい司教区の聖堂参事会員メイリオンとその娘ヘレズの親子も、なんだか奇妙な関係です。メイリオンは妻帯した聖職者 (司祭) ですが、新しく司教となったギルバートが聖職者は独身でなくてはならぬという考えの持ち主なので、妻が亡くなったのをコレ幸いとし、妻帯していた証でもある娘を遠くに嫁にやって、いわばその存在を“なかったこと”にしようとしているのです。
 これって当の娘にしたらたまったもんじゃありませんよね。自分が存在していること自体を誰かが“罪”とみなしていることや、それを出世のために容認してしまう父に対して怒りを抱いて当然です。それでもやっぱり父親を愛しているから、できるだけ彼に不利なことはするまいという気持ちが切ないじゃないですか。
 しかし、そういう感傷的な気持ちを吹き飛ばしてしまうくらいヘレズが活力にあふれ、自分をしっかり持った娘さんなので、話は全然湿っぽくなりません。むしろ、自分自身の運命をつかむために彼女が起こした行動に、読み終わった今は拍手喝采したい気分!
 「修道士カドフェル」シリーズですから、当然そういうヘレズと恋仲になる青年も登場します。勝気なヘレズがこの青年に反発し、青年は半ばおもしろがるように鷹揚にそれを受け止める。作中で具体的なふたりのやりとりの描写というのはごくごく少なく、カドフェルの目をとおしてふたりの間で無言の探りあいや恋の駆け引きがあっただろうことが察せられます。その文章になってない部分を想像するのがまた楽しかったです。互いの気持ちが、言葉が必要でないほど固く結びついていたことがわかる夕刻の海岸でのシーンは、このシリーズのなかでも1、2位を争うくらい美しく心を打つ場面だと思います。
 ただひとつ気になったのは、カドフェルも云っていますが、メイリオンの本心です。彼は本当はどこまで自分の娘のことを気にかけ、心配していたんでしょうか? ここだけがなんだかスッキリしない幕切れだったのでありました。実はメイリオン自身も、娘の不在の大きさをこれから実感するようになるのかもしれないですけどね。うーん、これって少しはメイリオンにも娘に対する仕打ちを後悔してほしいというわたしの願望なのかしら。
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by nao_tya | 2006-05-27 23:14 | 読書感想etc.
 「海の男/ホーンブロワー」シリーズ第7作め『勇者の帰還』を読み終えました! 前作『燃える戦列艦』のラストでフランスの捕虜となってしまったホレイショ・ホーンブロワーが、イギリスに帰還するまでを描いた脱出行です。
 ホーンブロワーはシリーズ2作めの『スペイン要塞を撃滅せよ』 (だったと思う…) でスペインの捕虜になったことがありまして、一応士官だったそのときの彼の処遇はさほど悪いものじゃありませんでした。退屈な虜囚生活に対する苛立ちや焦りはもちろんありましたけどね。
 で、今回はそのときより位も上がって艦長になってることだし、いきなり尋問で拷問されたりとか無茶なことにはなるまい。また同じような状態で、しばらくはフランス語の習得に励むことになるのかしら~などと呑気に構えて読み始めたら、どうも様子が違う。フランス本国で軍事裁判にかけられ、銃殺刑に処される怖れがあるっていうじゃありませんか。のっけから緊迫した展開に読んでるこっちもドキドキです。
 邦題が『勇者の帰還』なんで、無事にホーンブロワーがイギリスに帰り着くことは見えているのに、「次はどんな展開が?」と盛り上がっていくし、船乗りらしい脱出方法も想像を大きく超えていて、いつものような華やかで阿鼻叫喚な海戦はなくとも冒険小説として楽しかったです。しかし、先が簡単に予測できるこの邦題はいかがなもんでしょう(笑)。
 艦上では艦長としての威厳を保つため、やたら気難しくピリピリと神経質で、副長のブッシュさんに当たってウサを晴らしたりしているホーンブロワーですが、脱出の同行者がブッシュさんと艇長のブラウンしかいない状態ではそこまでしゃちほこばる必要もなく、比較的リラックスした素に近いホーンブロワーの様子が見られるのも『勇者の帰還』の見所かも。
 ブッシュさんを苛めながら(笑)、それでも彼のホーンブロワーに対する敬意や好意が変わらないことに、どこかで安心したり満足したりしてるホーンブロワーのひねくれ具合、複雑な心情は、わたしは実は共感するところがあって好きなんですけど(笑)、今回のブッシュさんは片足を失うという大きなハンディを背負うことになったのに、ホーンブロワーの態度がいつものごとくじゃあまりにも理不尽ですし。
 それと、予想していたとおり王党派のグラセー伯爵にかくまわれている間に、ホーンブロワーはしっかりフランス語をマスターしてしまいました。しかし、ここでわたしの耳にはアイタタな一文が登場…。「ホーンブロワーのフランス語は、絶えず使わざるをえないおかげで、急速に進歩していた。音痴なのでアクセントの呼吸はどうにもつかめなかったが」、ですって。そ、そうか~、ネイティブに近い外国語を習得するには、やっぱり音感やリズム感が優れているほうが有利なのね。いや、わたしの場合、発音云々以前にもっとボキャブラリーを増やすのが先なのは重々承知してるんですが、哀しいひと言でありました (しょぼん)。
 そうそう、フランス側に拿捕されていたカッターをホーンブロワーたちが見事に乗っ取り、海上封鎖をしているイギリス海軍の艦隊に出会ったときに登場したのがトーマス・ハーディだったのは嬉しい驚き! ハーディはトラファルガー海戦時ネルソン提督の旗艦の艦長で、ネルソン提督がご臨終の際に「Kiss me, Hardy」と云ったとか云わないとかで有名な人なのです。なんだってこんな知識があるのか、自分でもよくわからないんですが(笑)、小説の中で知ってる実在の人物が出てきて登場人物とうまく絡むとなんだか楽しいですよね~。
 しかし、奥さんのマリアの死はこの際横に置いておいて、『パナマの死闘』以来ぐずぐず引きずっていたレディ・バーバラとの仲も伸展しそうだし、明るい未来が開けてきたはずなのにどこか醒めていて心底浮かれたり幸福な気分になれないホーンブロワーって、 頭が良すぎて損するタイプだな~としみじみ思ってしまいました。
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by nao_tya | 2006-05-26 17:20 | 読書感想etc.
 恩田陸さんの最新刊『チョコレートコスモス』は、芝居の世界を舞台にしたお話でした。うーん、恩田陸版『ガラスの仮面』って云われてるみたいですが、まさにそのとおり。
 某国営放送局の連続ドラマのシナリオも執筆し、今や中堅どころとなった脚本家・神谷、芸能一家に生まれ、幼いころから敷かれたレールの上を走るように演劇を始めて、若いながらもすでにその演技力には定評のある東響子、大学に入って芝居を始めたばかりなのにズバ抜けた身体能力と天才的なひらめきを見せる佐々木飛鳥。この三方向からストーリーは進んでいきます。
 東響子が姫川亜弓、佐々木飛鳥が北島マヤって感じですか。残念ながら月影先生に匹敵するような強烈なキャラはいなかったな(笑)。
 この3人を結びつけるのは、伝説の映画プロデューサー・芹澤泰次郎が久々に手がける舞台です。2人の女優が主役という以外にはなにも決まっていないこの舞台の最終オーディションに向けて、様々な芝居が作中で出てきます。そのどれもが舞台の臨場感とか興奮が文章からビシビシ伝わってきておもしろそう。「生で観てみたい!」と思わせるものばかりでした。
 この『チョコレートコスモス』に限らず、恩田さんの小説には作中の小説、舞台というものがたくさん出てきてチラリとその内容に触れられるんですが、そのチラ出しのアイデアが実に興味をそそられるものばかり。こんな風に作品のアイデアを使っちゃうなんてもったいなくないか!? と他人事ながら心配したくなるほどです。惜しみなく散りばめられたネタたちに、恩田さんのなかに眠っているだろうものはこれの倍どころじゃないだろうことが察せられて、ちょっと怖くなったりもするのでした。
 話を戻しまして。ひとつひとつの芝居が終わるごとに物語のテンションが上がっていって、ついに最終オーディションに至ったときの緊張感には並々ならぬものがあります。オーデションを受ける側である登場人物たちの気合もすごいし、審査員のようにそれを舞台のこちらで眺めている (読んでいる) 自分も、「これからナニが始まるんだろう?」、「どんなものを観せてくれるんだろう?」という期待と高揚感で一杯になって、息がつまるような感じ。
 この最終オーディションの演目は有名な『欲望という名の電車』のなかの一場面。わたしはエリア・カザン監督の映画はたしか大学生のときに観たことあるんですが、あまりの救いのなさがイヤで、舞台版はとてもじゃないけど観る気になれないままきてしまいました。でも、この最終オーディションの東響子と佐々木飛鳥の『欲望という名の電車』なら、全幕とおして観てみたいと、本気で思います。小説世界ならではの表現を現実世界で生身の人間を使って再現できるかというと、残念ながら難しいというよりほとんど不可能になっちゃうんでしょうけど…。
 登場人物のなかでは東響子にスポットが当てられている部分が多いぶん、脚本家の神谷や天才少女・佐々木飛鳥の書き込みが少なくて、ちょっと3人のバランスが崩れているようなところが気になりますが、演劇、舞台、お芝居という言葉に興味がない人でも、与えられた芝居の課題を作中の役者さんたちがいかにしてクリアしていくかはかなり楽しめると思います。興味がある人はもう云うまでもございません。
 しかし、読了したあとは「おもしろかった~!」というカタルシスとともに、なにか以前にも感じた覚えのあるモヤモヤが心のなかに残った小説でもありました。よくよく突き詰めて考えてみたら、これって樹なつみさんのマンガ『暁の息子』を読んだときと同じ読後感だったのでした! 要するに、「これは序章に過ぎない」、「この先にはもっとおもしろい物語が待っているはずなのに、どうしてここで終わっちゃうの~」というもどかしさです。
 もちろん、それぞれこの1本で十分な完成度なんですよ。でも「その後」を期待させる部分がたくさん残されているだけに、続編がないことにちょっとした苛立ちを感じてしまうという…。ぜひとも恩田さんには『チョコレートコスモス』の稽古から本番の舞台まで、樹なつみさんには『暁の息子』で柊成くんのその後を、1作目に劣らぬテンションで描いていただきたいです~。
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by nao_tya | 2006-05-24 15:17 | 読書感想etc.