映画や本の感想アレコレ。ネタバレにはほとんど配慮してません。ご注意! 


by nao_tya
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カテゴリ:読書感想etc.( 33 )

 ロイス・マクマスター・ビジョルドチャリオンの影 (上)』、『チャリオンの影 (下)』 (東京創元社) を読み終えましたです。
 今までロイス・マクマスター・ビジョルドの書いた本のことはおろか、この方の名前さえ知らなかったんですけど、とあるブログでこの『チャリオンの影』の感想を見かけまして、その感想に惹かれて思わず買っちゃったんですな。
 こういうふうに人に「読んだみたい!」と思わせる感想を書ける人ってすごい。そしてうらやましいな~と思います。
 読んだ本・観た映画をひとりで牛のように反芻するのも楽しいですが(笑)、ほかの人の視点って思いもよらぬものがあったりするじゃないですか。

 なので、おもしろいと思ったものは友だちに勧めたりするんだけど、なかなかノってくれないんだよねぇ。人を誘い込む術に長けた話ができる、あるいは文章を書ける人にわたしもなりたいもんです。

 さてさて閑話休題。
 この『チャリオンの影』は、五神教という父神・母神・御子神・姫神・庶子神の五神を信仰する国々 (ところにより庶子神は魔とみなされ、四神教となる) が舞台の異世界ファンタジー。
 主人公は1年7ヶ月のガレー船の奴隷生活からようやく解放された、35歳のくたびれてヘロヘロになっちゃったおっさん・カザリル荘侯。

 カザリルは奴隷生活から解放されたものの、自分の持ち物といえばボロボロの体ひとつという状態。そこで、昔小姓としてつかえていた、チャリオン国の亡きバオシア藩主の后、藩太后を頼ることにしたわけです。
 藩太后の信頼を受け、彼女の孫娘でありチャリオン国姫であるイセーレの教育係兼家令となったカザリルは、イセーレたちとともに国主オリコの住まうカルデゴスへ赴きます。

 カルデゴスでは宰相であるジロナルとその弟が権勢をふるっている状態。わたしとしては当然、ジロナル兄弟との確執があるカザリルが、彼らのしかける陰謀を打ち破るような展開を想像してました。
 ところがどっこい! お話はそんなわたしの予想を大きくはずし、イセーレたちの祖父の代に端を発し、国王一族を蝕む呪詛をいかにしてはらうか、という方向に進んでいくのです。

 呪詛をはらう過程で、カザリルはようやくガレー船の苦役によるダメージから回復途上だった体に、とんでもないモノを引き受けるハメになってしまいます。物語の冒頭よりも一層ひどい状態に陥っちゃうのでありました。姫君がたを守る騎士たる主人公が、こんなにヨレヨレな人間というファンタジーってのも珍しいと思いますわ~。

 そのうえ、カザリルは無私・無欲で博識、実戦できたえた剣の腕もなかなかなもの、という表面だけ見たら「これぞヒーロー!」な人間なのに、その性格がどうにもこうにも控えめというと聞こえがいいですが、まぁようするにヘタレなんだな(笑)。
 決して臆病者ではないんだけど、どこかナサケナイ印象がぬぐえない人なのです。彼の背中にはつねに哀愁がただよってました。それが読んでると愛おしく感じられるんだけど。親友のパリアル郡侯を筆頭に、周囲の人間にも愛されまくっております。本人がそういうことに無自覚なのがまたイイんですねっ。

 この世界の神さまっていうのは、わたしたちの世界よりももっと身近で生活に密着した感じがします。五神は人間たちの世界に人を通じて働きかけることができるわけですが、この神の手に触れられた人間は第2の目を与えられ、“聖者”と呼ばれるようになるんですね。
 聖者っていうと高尚で人とはちょっと距離を置いた存在みたいに思えますが、出てきた聖者さんたちはみなそれぞれ人間的で魅力があります。また、他の人間には理解しえない感覚を身につけ、世界を見ることになるわけで、そこからくる苦労のために聖者同士にのみ通じるなんとも云えぬ連帯感、“同病相哀れむ”みたいな気持ちがお互いにあるのがなんだかオカシイ(笑)。

 王家にふりかかる呪いというファンタジックな要素と、現実的で政治的な陰謀がからみあい、派手な活劇なんてほとんどないのに、おもしろくっておもしろくってページをめくる手が止まりませんでした。下巻なんて日曜日に1日かけて一気読みしちゃいましたわ!
 この五神教シリーズは3部作だそうで、次作はイセーレの母・イスタが主人公なんだとか。うーむ、またしてもピチピチの若者が主人公でないあたりがヒネってますね(笑)。

 そうそう、五神教の国々は創造物ですが、15世紀くらいのアラゴン、カスティリアなどをモチーフにしているそうな。で、調べてみたらイセーレの生い立ち、結婚にいたるまでの経緯などはカスティリア女王イザベル1世そのまんま! イザベル1世がイセーレみたいなチャキチャキしたおてんばなお姫さまだったかもと思うとなかなか愉快です(笑)。歴史って机で勉強すると飽きるし覚えられないんだけど、こういうエピソードを紹介されると一発で頭に入りますね。
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by nao_tya | 2007-02-26 23:23 | 読書感想etc.
 ピカイチの紳士お側つき紳士であるジーヴスと、彼が仕えるご主人さま・バーティーのシリーズも順調に刊行され、この『サンキュー、ジーヴス』 (P.G.ウッドハウス/ 国書刊行会) は6作めであります。いや~、相変わらずこのシリーズ、おもしろいわぁ♪

 今回、帯にでっかく「ジーヴス、辞表提出!!」なんて出ていて、いったい何事?? と思っていたんですが、要はいつものごとくバーティーの趣味とジーヴスの趣味が合致せず、とうとうジーヴスがバーティーの雇用下から離れることになったのでした。
 で、問題のバーティーが熱中している趣味ってのが、バンジョレレというバンジョーとウクレレのあいのこといわれる楽器の演奏。いったいどんな音が出る楽器なのやら想像もつかないんですけど、相当ジーヴス (およびマンションの隣人たち) の神経にさわるものだったみたいですよ~。一度聞いてみたいものです(笑)。

 思う存分このバンジョレレを演奏するため、バーティーは親友チャッフィーの領地チャフネル・レジスにあるコテージを借りうけることにし、ロンドンを離れます。
 そしてこのチャフネル・レジスにチャッフィー、アメリカの大富豪ストーカー、彼の娘でバーティーの元婚約者ポーリーン (いったいバーティーは何回婚約・婚約破棄をしているんだ!?/笑)、バーティーのいわば天敵サー・グロソップ、それにチャッフィーに雇われたジーヴスが集結し、相変わらずのドタバタ劇が展開されるのでありました。

 バーティーとの雇用関係を解消したのに、今回もジーヴスはバーティーのために色々と動いてくれてます (自分のベッドをバーティーに明け渡すことはキッパリ・ハッキリ拒絶するけど/笑)。うがった見方かもしれないけど、ジーヴスがチャッフィーに雇われたのも、バーティーがチャフネル・レジスのコテージに行くことを知って、彼の近くでバンジョレレの演奏をあきらめさせたうえで再雇用の機会を作ることが狙いだったのかも?

 だってジーヴスって実のところけっこうバーティーのことをかってるんだもん。バーティーのことを評して曰く、「金のハートの持ち主であらせられます」なんて言葉まで飛び出すくらいなんだから! 「ウースター様は、おそらく精神的には取るに足らないお方でございましょうが」って前置きがついてるけどさ(笑)。
 まぁジーヴスの場合、周囲の人間のほとんどは自分と比べたら知能的に取るに足りない人間に思えてるだろうし、そのなかでバーティーの人間性には見るべきところがあるってことですよ。

 そしてバーティーが金のハートの持ち主であるということは、物語の終盤できっちり証明されてます。人の甘い言葉にうま~く乗せられてるだけのような気もするけど、みんなの幸福のために自分の見栄とかプライドとかを犠牲にできる精神は、やっぱり見上げたものだと思うのでありました。
 そんなバーティーにジーヴスが、いつものごとくなんとも持って回った云い方でもう一度バーティーの許で働きたいと申し出て、それに感激したバーティーがようやく返す了承のひと言というやりとりは、ほのぼのとした良い場面でありました。正式にこのコンビが復活してくれてすごくうれしかったし安心しました~!

 しかし、毎回色々とんでもないキャラクターが登場するシリーズですが、バーティーがジーヴスの後釜にすえたブリンクレイはそのなかでも群をぬいてると思うなぁ(笑)。あそこまで酒癖の悪いやつってどーなんだ!? ブリンクレイのその後がちょっぴり気になるわたしです。まさかバーティーの友人の誰かに雇われて再登場、なんてことはあるまいな…。いや、出てきたらそれはそれでおもしろそうではあるんだけど。

 7作めの『ジーヴスと朝のよろこび』は5月に刊行の予定。楽しみに待ちたいと思いまーす!
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by nao_tya | 2007-02-03 23:48 | 読書感想etc.
 アルトゥーロ・ペレス・レベルテの『アラトリステIII ブレダの太陽』を読み終えました。
 いやぁ、今までの2作と比べて今回は読み進めるのが非常に苦痛でかなり時間がかかりましたですよ。主に通勤電車のなかで読んでましたが、読んでる最中に何回寝落ちしちゃったか覚えてないくらいだ…。

 というのもですね、今回の話の内容っていうのがわたしが苦手とする戦記ものだったから。前2作のなかで色々と揉め事に首をつっこむことになってしまったアラトリステが、ほとぼりを冷ますためにマドリードを離れ、フランドルでの戦争に傭兵として参加してるもんで、ディエゴ・ベラスケスが描いた有名な絵画『ブレダの開城』 (プラド美術館所蔵) をモチーフに、ほぼ全編にわたってフランドルでの戦闘の様子が描写されてるわけなんですよ。

 せっかくお馴染みになってきたアラトリステの友人たちや、邪悪な美少女・アンヘリカ嬢、口笛がお得意の殺し屋・マラテスタなどの出番はほぼ皆無と云ってよく、ドラマの部分ではいまひとつ山場がないままだったのです。
 語り手であるイニゴ少年から見た戦争なので、アラトリステとその周囲の局地的な戦闘が主体で、その戦闘がブレダの攻防にどんな風に影響しているかなど、この戦い全体を俯瞰的に見渡すような構成になってないってのも、盛り上がりに欠けるように感じた一因なのかもしれません。

 戦記ものが好きな人や、ヨーロッパ史のなかでもオランダの独立戦争に興味がある人はまた違った印象を覚えるのかもしれないけど、どちらにも食指が動かず視覚的想像力に乏しいわたしは、どうも頭に情景が思い浮かばなくて話に入り込めないままだったのでした。映画ではこういう戦闘シーンが派手な見せ場になるんでしょうけどね。

 17世紀ごろの戦争は、兵士のお給料を戦闘を指揮している最高司令官たる将軍が国家から戦費が支払われるまで立替払いをしていた、とか、戦場で互いに塹壕の下に坑道を掘り、その狭いトンネルにもぐりこんで戦闘が行われることがあった、とか、今まで知らなかったことが話に盛り込まれていて、思わず「へぇ~」と感心するような部分もあったんですけど、そういう豆知識というか雑学的なおもしろさを求めてるわけじゃないんだよ~。

 アラトリステの従者で、今回は「荷物持ち (モチレロ)」として彼の側についているイニゴくんが、どんどん成長して一人前の男に近づいている様子はしっかり感じとることができました。
 アラトリステに対する変わらぬ崇拝の気持ちや愛情と同時に、彼に対する反発心も芽生えてきてるんですね~。うーん、イニゴくんも思春期に入ったってことですなぁ。
 アラトリステはそんなイニゴにお説教するわけでもなく、黙って静かに見守っている、のかな?? イニゴを見て、自分の十代のころを思い出しているのかもしれない。しかし、とにかく寡黙な男なもんで、自分の感情を表に出すようなエピソードもなく、なにを感じ、考えているのかさっぱりわからんのであった(笑)。

 あと、本の末尾で「編集者による注釈」として、現在残されているベラスケスの『ブレダの開城』に 、「アラトリステが描かれている」とイニゴが明言しているのにもかかわらず、彼の姿が見当たらないのはなぜか? なんてことを至極もっともらしく論じちゃったりしてます。こういう悪ノリなところ、好きだわ~(笑)。

 第4巻は3月末に発売予定だそう。果たして「アンヘリカ・デ・アルケサルが私 (イニゴ) のために考え、1625年に実行に移した計画」とやらの詳細はわかるのでしょうか? ブレダの攻防戦は1624年に終わっているので、時間の流れどおりなら次作はこの事件の話になりそうな気がするんですが。とにかく「ブレダの太陽」よりは冒険活劇らしい話であってほしいです。
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by nao_tya | 2007-01-17 23:48 | 読書感想etc.
 昨年ずーっと読み進めつづけていたコルネーリア・フンケの『Inkspell (INKHEART TRILOGY)』は、なんとか昨年末に読破できました! 2ヶ月で読了なんてとんでもなかったです。
 というのも、ブログのメニュー欄の「通勤のお供」はずっとコレのままでしたが、合間に日本語の本に浮気しまくってたから(笑)。いや~、辞書を引きながらでないと意味がとれないところが多すぎて、亀の歩みというとむしろ亀さんに失礼なくらい進みが遅いもんで、自分の英語読解力に嫌気がさしちゃうんだよん。

 その結果、12月初めに翻訳版が『魔法の文字』としてWAVE出版から出版されるという顛末に…。本屋でたまたま『魔法の文字』を見かけたときは、「お、追いつかれてしもうた…」と衝撃を受けちゃいましたわ (だったら早く読め/笑)。
 それからはもう大車輪! ザクっとですが筋をつかんだあとで翻訳本をじっくり読ませていただきました。
 これだけ早く翻訳本が出たのは、やはり三部作の第1部である『魔法の声』の映画化が具体的に進行しているからなんでしょうか。

 で、お話の感想はというと、わたしは前作の『魔法の声』よりこの『魔法の文字』のほうが断然好きですね!
 『魔法の文字』は『魔法の声』のラストから数ヵ月経ったところから始まります。物語を声に出して読むと、その物語のなかからその物語のなかの事物を“読み出し”、かわりにこの世界のなかのものを物語のなかへ“読み送る”力を持った少女・メギーが主人公。

 メギーがまだ幼いころ、同じ能力を持つ父親のモーが、そんな能力が自分にあるとは知らずに朗読し、自分の妻でありメギーの母親であるレサを読み送ってしまった本のタイトルが『闇の心 (Inkheart)』です。
 そしてモーに『闇の心』の世界 (=闇の世界) から読み出されてしまったのが、火を操る能力はピカイチの火噴き芸人・ホコリ指。彼はこちらの世界にどうしても馴染めず、なんとか「闇の世界」に戻りたいと願っていて、『魔法の文字』の冒頭でその願いをかなえて自分の故郷へ帰っていきます。

 しかし、ホコリ指と同じく読み出され、ホコリ指と敵対する悪党・バスタたちも「闇の世界」へ帰還することを知ったホコリ指の弟子・ファリッドはホコリ指に忠告して彼を守ろうと、メギーに頼んで自分も「闇の世界」へ読み出してもらおうとします。
 前作でメギーたちの許に戻ったレサから「闇の世界」の話を聞き、この世界を魅力的なものだと感じていたメギーは、ファリッドとともに自分をも「闇の世界」へと読み出してしまうのでした。

 前作では詩人・フェノグリオが作り出した「闇の世界」は登場人物たちの会話のなかに登場するのみでしたが、今回はここが舞台となります。残酷だったり理不尽だったり恐ろしい面もあるのに、どこか人を惹きつける力のある不思議な世界です。
  『魔法の声』でおなじみの登場人物たちに加え、新たに「闇の世界」の住人たちなども増え、それぞれの思惑や行動が引き起こす展開は先の予想がつかず、かなりスリリングなものになりました。

 新しいキャラクターのなかで一番わたしをビックリさせたのはホコリ指の奥さん、ロクサンナの存在ですね~!
 ホコリ指はレサに心惹かれていたということだったし、『魔法の声』では「闇の世界」に残してきた家族のことなんておくびにも出さなかったから、奥さんはおろか子どもまでいたと知ったときにはあごが落ちそうでございました。
 でも、これでホコリ指があそこまで「闇の世界」に執着した理由や、彼がこちらの世界で感じていた孤独感もわかった気がします。
 ホコリ指を尊敬し、彼のことが大好きでたまらないファリッドとロクサンナが微妙に互いに対する敵愾心を燃やしている様子もなんだかおかしい。ホコリ指、モテモテじゃん(笑)。

 『魔法の文字』では前作とくらべて、物語そのものが持つ力というのがより大きな要素となっている気がします。
 「闇の世界」に入ったフェノグリオは自分が創造した世界なのに自分の思惑を超えて動き出してしまった世界を、なんとか自分のコントロール下に引き戻そうとするんですが、「闇の世界」が意志を持ってそれを拒むかのような展開になっていきます。
 フェノグリオが書いた話の筋を追うかのように見せかけて、肝心なところでその思惑を外し、予期せぬ方向へ世界が動いてしまう。むしろ、「闇の世界」そのものが自分の望むものを手にするためにフェノグリオが作り出す話を利用しているようです。

 メギーたち「読み出す」能力を持った人間はなんでもかんでも声に出して読めばいいというわけではなく、少なくとも読み上げる文章はその世界を創造した人物=作者の語彙のなかにある言葉か、一般的な言葉で綴られていなければならない、というルールがあります。このルールからもわかるとおり、作者と物語の世界には密接なつながりがある。けれど、両者は決して一体のものではなく、一度誕生してしまった物語世界は独自の力で息づいている。たとえ創造主であろうと物語の流れを意のままに変えることはできない、というのが『魔法の文字』をおもしろくしているんだと思います。

 フェノグリオが「闇の世界」にやってくるまでは存在しなかった人物・カケスを、実在の人間にするために読み出されてしまったらしいモーがどうなるのか、フェノグリオが書いたとおりではないけれど、やはり命を落としてしまったホコリ指は復活できるのか、などなど第3部で待ち受ける展開が非常に気になります。かなりダークで苦いラストを迎えた『魔法の文字』なので、第3部でメギーたちがどんな状況に陥るのか予想がつかない…。なんだか物見遊山な気分でいるオルフェウスはカンにさわる存在のままだしな!

 第3部のペーパーバックが出たらまた辞書を片手にがんばりたいと思います。今度こそ、翻訳版に追いつかれないうちに読み終えたいぞ。
 『魔法の声』の映画はIMDbによると2007年公開予定みたいだし、こちらも非常に楽しみです! アンディ・サーキスのカプリコーン、ポール・ベタニーのホコリ指ってけっこう期待できるよね~♪
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by nao_tya | 2007-01-06 23:26 | 読書感想etc.
 畠中 恵さんの、とんでもなく身体の弱い大店の若だんなが、自分の周囲にいる妖 (あやかし) たちを使って様々な事件を解決するというファンタジックな時代小説、「しゃばけ」シリーズ第3弾『ねこのばば』を読み終えました。U地さんに「文庫版が出てたよ」と教えてもらい、あわててネット書店でポチッて届けてもらいましたです。

 『ぬしさまへ』以来、なかなか文庫にならない「しゃばけ」シリーズに焦れて、現代モノの『百万の手』を読んでみたものの、これがどうもわたしにはピンとこなかったんですね。なもので、『ねこのばば』も期待したわりにイマイチだったらどうしよう!? なんていらぬ心配をしていたのですが、まったくの杞憂でありました。

 表題作のほかに4編の短編が入ってまして、いずれもほんわか優しかったり切なかったりするお話で、すいすい読めてしまいました。
 人の間に混じって暮らしてはいても、感覚がどこかしら人間とはズレている妖たちと、一応人間である若だんなとの会話は軽快で、でも時に間が抜けていてとても楽しい(笑)。

 このシリーズに登場する妖たちは基本的に明るくて、悪さをしてもなんだかかわいらしくて許せてしまうんですが (むしろ人間が起こす事件のほうがよほど陰湿で、暗くてこわいことが多い)、「産土」はちょっと趣が異にしていました。語り口はのほほんとしていても、ほのかな哀しみを秘めた話が多いのはいつものことなんだけど、佐助と妖たちの対決シーンは背筋にひんやりしたもの感じる怖さがありました。

 もちろん妖たちがコトを起こすのには人間側からの働きかけがあるわけですが、この「産土」で妖たちの“悪気のなさ”に人間との隔たりというか、やっぱり人間とは違うんだなぁってことを感じさせられたのです。
 でも、違うとはいっても妖たちに情がないわけではなく、むしろ自分が好意を持つ人間に対しては、若だんなの兄やたち、仁吉や佐助のようにあたりかまわぬ献身ぶりを見せるわけなんだけど。思いをかけない相手に対しては冷淡そのものなんだなぁ。

 しかし、佐助の思い出話にほだされちゃって、いつもはイヤな顔をする薬を素直に飲む若だんながやっぱり健気でかわいい(笑)。こういう若だんなだから、人間に思いもつかぬほど長生きしている妖たちが惚れこんじゃうんでしょうなぁ。

 5話のなかで一番印象に残ったのは、最後に収録されていた「たまやたまや」。若だんなの親友・栄吉の妹、お春ちゃんに縁談が持ちあがって…、というお話。子どものころからたくさんの時間を共有してきて、まるで妹のように思っていた女の子が嫁ぐかもしれないとなれば、相手のことがやっぱり気になるわけで、様子を探りにいった先で若だんなが騒動に巻き込まれてしまいます。

 実は若だんなに思いを寄せていたお春ちゃんからの若だんなに対する謎かけと、それに対する若だんなの答えは、ほろ苦くてちょっと切なかったけれど、とてもいいお話でした。
 自分にとってとても大切な存在ではあってもその感情は恋ではない。だから彼女を選ぶことはできない。「この人でなければ」という相手にいつか出会いたい、という若だんなの思い。
 身体が弱いせいもあるけれど、穏やかでのんびりした性格のように見える若だんなのなかに、思いをかけた相手にとことん尽くす、情のこわい妖の血がしっかり流れてるんだな~と思ったりもしました。

 ひとつひとつのお話に、表紙絵を描いている柴田ゆうさんの扉絵がついているのも楽しい! 最初に『しゃばけ』を読んでみようと思ったのは、この柴田さんの絵に惹かれたからなんですよね。このシリーズはこれからも変わらず柴田さんの絵でいっていただきたいものです。普段はグッズ関係の懸賞には応募したりしないんだけど、「しゃばけ大福帳」には心惹かれちゃいます(笑)。応募して当たったら、来年からまじめにお小遣い帳でもつけようかな~。

●新潮社のサイト内にあるしゃばけ倶楽部 ~バーチャル長崎屋~のページはこちら
 シリーズの紹介や用語解説、作者の畠中さんのメッセージなどがあって充実してます♪
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by nao_tya | 2006-12-07 15:51 | 読書感想etc.

京極夏彦 『邪魅の雫』

 昨日はブログを更新しようかな~と思いながら、入院中からちまちま読み進めていた京極夏彦氏の『邪魅の雫』をもう少しで読み終えそうだったので、そちらを優先させてしまいました。これでようやく読了です~。
 おかげさまで通勤にこの新書とは思えぬほどぶっとい本を持ち歩かなくてもよくなりますわ。座って読むぶんにはかまわないんだけどさ、つり革につかまりながら読んでると、ページを片手で開いた状態にホールドしてるのって疲れるんだよな、この本(笑)。

 京極夏彦さんの「妖怪」シリーズは、各話で事件が起こり様々な登場人物が出てくるんですが、そこで出てきた人たちがまた次の作品にも顔を出すことがよくあるわけですね。これがシリーズ8作めともなると、わたしのような鳥頭の人間には「○○さん…? えーと、どこでお目にかかりましたっけ??」という状態になってしまう。簡単に記された“××事件の関係者”という説明も、どの事件の概要もうすぼんやりしか覚えていない鳥頭にとってはないのも同じになっちゃって。ここのところ、このシリーズを読むたびに事件と人間関係を整理した関係図がほしいよぅと切実に思ってしまいます。

 今回の事件は次から次へと人が殺されていって、その殺人にはとあるモノが共通しているために連続殺人事件とみなされるものの、その“とあるモノ”以外の共通点、連続性が見えてこない。ただ、読んでいくうちに、各事件はかぶっているものがあっても、それぞれ別の独立した事件なんだっていうことは見えてきて、なんとなく話全体のトリック (という云い方は正確ではないかもしれませんが) は把握できたように思います。うっすらと事件の落ち着き先がわかるのは、前作の『陰摩羅鬼の瑕』と同じような感じ。
 そうやって見えてしまった分、京極堂の登場でからまりあっていた事件全体が解体され、ほぐされていくカタルシスは少なめだった気がします。やっぱり一番最初に読んだ『姑獲鳥の夏』の衝撃度を再現するのはなかなか難しいですね~。

 あと、“昔話”と“伝説”と“歴史”の違いなどはふんふんと頷きながら読めてとてもおもしろかったです。京極堂の登場シーンが少ないのに比例して今回は薀蓄も少なくて、いつものように情報量に圧倒されることがなかったため、頭に入ってきやすかったのかもしれません(笑)。しかしこうなると妖怪との関連づけもあっさりしていて、読みやすいけど物足りなさを感じてしまうのは如何ともしがたいですな。

 みっちりとした議論という意味では薄めの話でしたが、かわりにキャラクターの掘り下げがしっかりされたという印象もあります。榎木津さんはいつものキレはなかったけど人間的な部分が、益田くんの軽薄でお調子者の部分に隠された側面などが描かれて親しみが増したし、なにより青木文蔵くんがすごい成長ぶりをみせて男前度が急上昇してましたよ! 人に勝手な仇名をつけまくる榎木津さんに、ちゃんと名前で呼んでもらえるというのはなかなか画期的なことですもんね。そうそう、今回は関口さんがかなりマトモでしっかりしてたのも驚きです。榎木津さんを心配する関口さんの姿を読む日がこようとは…っ。

 そして、人間味が増した榎木津さんだからこそ、物哀しい、切ないエピローグが心に残る場面になった気がします。
 法律では裁かれなかったけれど「罰を受けた」“彼女”が今後どうするのかが非常に気になるなぁ。『塗仏の宴』であっさり殺されてしまった織作茜嬢のような再登場の仕方はしないことを祈りますです。

 ところでこの『邪魅の雫』、事件が起こったことになってる大磯・平塚では「地域限定特装版」なるものがあるんですね。重版分はAmazonでも買えるみたいで地域限定版っぽさがなくなってる気がしますが、初版分がほしいかたはやっぱり大磯や平塚まで足を伸ばされたんでしょうか。
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by nao_tya | 2006-11-26 12:52 | 読書感想etc.
 ここんとこ、ずっとコーネリア・フンケ女史の『Inkspell』の英語版を読んでるんですが、自分でイライラするくらいちょびっとずつしか進んでおりません (1日1章の目標なんて宇宙の彼方さ~)。自分の英語力の低さが諸悪の根源なんですが、いい加減英文ばっかり追いかけるのも疲れてきたので、ちょっと息抜きにドロシー・L.・セイヤーズの「ピーター卿」シリーズの長編第1作『誰の死体?』に手を出してみました。
 ある朝、とある建築家宅で浴室のバスタブに誰とも知れぬ男の死体が出現した謎と、金融界の名士が失踪した事件をピーター・ウィムジイ卿が解決するというお話です。
 先に短編集を読んだときにはさほど感じなかったんですが、このピーター卿、博識のなせる業なのかかなりおしゃべりですな(笑)。そして話のなかにしばしば実際の本からの引用が出てきます。注釈がついているから引用だってことがわかりますが、素のまま読んでたらなにがなにやら…って感じになりそう。
 二枚目というわけじゃないみたいですが、博識でお金の心配なんてしたことないだろう貴族のボンボン (公爵家の二男坊) が趣味で探偵をやってるなんて、聞いただけならすごくイヤミな設定です。だがしかし、読んでみたらピーター卿はなかなかの好人物で深みのある人間でございました。
 第一次世界大戦時の経験からしばしば発作におそわれるピーター卿は、憂鬱から逃れるために熱中できる趣味 (探偵業) に精を出すわけですが、そういう自分に対していささか後ろめたさを感じているようなところがあります。謎を解き明かすことはおもしろいけれど、自分が犯人を突き止めることによって、様々な影響が犯人のみならず周囲の人間にも及ぶことを考えてしまう繊細なところがうかがえるのです。ストーリーの終盤近く、犯人のことを褒め称えて感謝する人間の言葉を聞いて、複雑な心境に陥ってしまうピーター卿の描写なんかは非常に秀逸でおもしろかったです。
 また、ピーター卿の周囲を固める人々もいい感じ! ピーター卿の執事 (従僕?) で探偵業においては優秀な助手であるバンターはもちろん云うまでもありません。バンターがピーター卿に話しかけるときの「御前」っていう云い方、趣があって好きだなぁ! 原文だと「My Lord」なのかしら。これは翻訳者の妙ですねぇ。
 あとピーター卿の母であるデンヴァー先代公妃が魅力的で、わたしはすっかりファンなっちゃいました。
 先代公妃は貴族らしく上品でおっとりしているんですが、ピーター卿がとある人物から彼女の名前を使って情報を引き出したことを会話のなかから察して、相手に自分が利用されたことを気付かせることなくうまーく話をあわせていくところなんて本当にお見事でした。ピーター卿にさりげなく母親らしい気遣いをみせるところも好感度が高いです。母親に頭が上がらない探偵って、なんだか内田康夫さんの浅見光彦探偵みたいですね(笑)。
 しかし、こういうお母さんから生まれて同じ環境で育ったのに、ピーター卿のお兄ちゃんで現公爵のジェラルドさんがえらくガチガチに固そうなのはなぜなんだ。やっぱり長男の責任感があるから(笑)?? 浅見探偵のお兄さんとは違って、ピーター卿の探偵業には難色を示しているジェラルドさんですが、長編第2作の『雲なす証言』では彼が事件の容疑者になってしまうみたいですな。事件をとおしてピーター卿に対する評価も変わるんでしょうか。このへん、ちょっと楽しみです。
 ストーリー自体は、読んでいたら大体犯人の目星はすぐについちゃうかもしれないし、ピーター卿の推理も理屈を積み上げていって解決に至るのではなく、様々な要素を眺めているうちに直感的に解答がひらめくという形なので、ちょっと物足りないところもありました。でも「いかに無関係の人間の家に突然死体が出現したのか」という謎に対する答えは「なるほどね」と納得のいくものでおもしろかったです。何より登場人物たちが個性豊かで、とても楽しかった。彼らがどんどん活躍する続編も、じっくり読んでいきたいです。
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by nao_tya | 2006-08-17 23:24 | 読書感想etc.
 エリス・ピーターズ女史の「修道士カドフェル」シリーズも本当に最後となる短編集『修道士カドフェルの出現』を読み終えました。21巻の道のりを思うと感無量ですな~。
 さて、この『修道士カドフェルの出現』には3つの短編が収められていますが、「ウッドストックへの道」がやはり印象深いです。これは十字軍兵士、船乗りと、居所を定めずにきたカドフェルがいかにして修道士になる決意をしたのか、そのきっかけが描かれています。
 それまでの人生のほとんどを携えて過ごしてきた「剣」を祭壇にささげるシーンは、短いながらもカドフェルの深い決意と満足が読み取れて、静かで良いシーンでありました。
 シリーズが始まったころは60歳近くで、いい意味で枯れて落ち着いていたカドフェルですが、この「ウッドストックへの道」ではまだ40代に入ったばかり。人間観察が鋭いところなど随所にカドフェルらしさが出てきますが、反面どんな事態にも対処できる歴戦の戦士であり、まだまだ血が熱いところを垣間見せてくれてました。
 あと、シリーズ中ではすっかり年老いて、平穏を愛するあまり果断さにはかける部分が見受けられたヘリバートが副院長として登場してるのも、シリーズを読んできた人間にはうれしかった! しかも当時の院長の代理として大事な裁判に出席し、穏やかながらなかなかの有能ぶりを発揮してくれるんだから驚きです。そりゃまあ修道院の院長にまでなる人なんだから考えてみたら無能なはずはないんだけど、長編を読んでいるだけではこういう姿は想像できませんからね~。誰にでも若くいわゆる“現役”と呼ばれる時代があるんだということを思い出させてくれました。
 そして、このシリーズには全編をとおして時代背景にスティーブン王とモード女帝の王位を巡る争いというのがあるわけですが、この騒動の遠因ともいえるヘンリー1世の嫡子ウィリアム王子の死亡というニュースが「ウッドストックへの道」のなかでもたらされるのも感慨深いところ。まさにシリーズの始まりというのにふさわしいお話だったと思います。
 「光の価値」では若いカップルの恋の行方が、「目撃者」では親子の愛情がそれぞれ描かれていて、どちらも短いながらも「修道士カドフェル」シリーズの匂いが濃厚な小品です。おなじみのヒュー・ベリンガーが出てこなかったのがちょっと淋しかったですけどね!
 わたしが読んだのは事務所のU地さんにお借りした社会思想社の現代教養文庫だったんですが、巻末にはこの「修道士カドフェル」シリーズのガイドが掲載されていて、略年表やら修道院の日課やら、詳しい解説がたっぷり。シリーズを読んだことがある人間ならかなり楽しめる内容です。これって光文社文庫版にも収録されてるのかな?
 カドフェルの新作がもう読めないのはすごく残念ですが、これから自分で少しずつ光文社文庫版を集めていって、好きなシーンをつまみ読みしたいと思います(笑)。
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by nao_tya | 2006-07-25 23:46 | 読書感想etc.
 「修道士カドフェル」、「ホーンブロワー」と、シリーズ物を次々と読み終えてしまったので、新たにおもしろそうなシリーズ物はないかしら~? と探していて行き逢ったのがドロシー・L.セイヤーズの「ピーター卿」シリーズ。ピーター卿がホームズだとしたら、助手のワトソンには彼の執事バンターがあたるそうで、このふたりの組み合わせはP.G.ウッドハウスのバーティとジーヴスが原型と知って興味を持ったのでした。
 で、まずは手ごろな短編集を読んでみようと手にとったのが『ピーター卿の事件溥 - シャーロック・ホームズのライヴァルたち』。7つの短編が収録されておりました。本は事務所のU地さんから貸していただきました。いつもありがとうございます♪
 読んでみた感想はと云いますと、やっぱり短編集だけあってちょっと物足りないところがあったのと、シリーズを読み進むにつれて進展していくだろう、とある人間関係の結末がこの短編集で明かされてしまい、お楽しみが半減しちゃったのと、執事のバンターがほとんど登場しない! などなど拍子抜けなところもありましたが、ピーター卿がイギリス貴族らしいウィットに富んだお人で、これは長編を読んでじっくりお付き合いしてみたいと思いました。
 ↑で書いたように、モデルがバーティとジーヴスだっていうんで、ピーター卿も相当おマヌケな人なのかと思っていたらさにあらず! すごく頭の回転が速くて鋭い観察眼を持つ優秀な探偵さんでビックリいたしました。ただ、この短編集に限ったことなのかもしれませんが、普通探偵モノっていうと、依頼者が事件の解決を頼みにやってきて、探偵が捜査に乗り出す、というのが一般的だと思うんですよね。ところがこのピーター卿は特に依頼者もいないのに、友人や知り合った人たちから不思議な話を聞きつけては、自分の好奇心の赴くままにそれを調べて事件を解決しちゃうんです。依頼者もいないんだから報酬も当然ないだろうし、まさに有閑貴族の「趣味」で探偵をやっているような感じ。いやぁ優雅だなぁ(笑)。
 その最たるものが「ピーター・ウィムジー卿の奇怪な失踪」で、わざわざイギリス人であるピーター卿がスペインのバスク地方までやってきて、数ヶ月そこに滞在して人を雇ってまでして謎を解いてますよ。よっぽどお金と時間のある人間でないとこんなことできないって!
 7編のうち2編までが嫉妬に狂った男性が、妻あるいは恋人 (愛人?) を害するというパターンで、またそのやり方がかなり陰湿だったのはなんだかな~って感じもしますが、世の中で起こる事件のほとんどが、お金か恋愛を原因としていることを考えたら当然なのかな?
 ちょっと気持ちの悪い、説明のつかない不思議な話として扱われていたものが、ピーター卿の手にかかると、安楽椅子探偵よろしく話を聞くだけで絡まりあっていたヒモをほどくように事態の概要をみとおし、事件を解決していくさまはなかなか爽快です。けっこう陰惨な話もありますが、後味も悪くないし。
 助手役のバンターが名前は出てくるもののほとんど活躍してないのが残念ですが、これは長編でたっぷりと楽しませていただけるかと思います。「銅の指を持つ男の悲惨な話」では、「ぼくはその調査を、うちの執事のバンターに一任した。このような仕事だと、彼は素晴らしい才能を発揮するのだ」なんてピーター卿が云ってますしね。期待しちゃうぞ(笑)。長編第一弾は『誰の死体?』のようなので、近々本屋さんで仕入れてこようと思います♪
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by nao_tya | 2006-07-23 23:56 | 読書感想etc.
 G.P.テイラーの『シャドウマンサー』を読了しました。さすがに原書を読んでストーリーの流れをつかんでいるとページが進むのが早かった!
 主人公は、父親は幼いころに亡くし、母親も火事で施療院に入れられたため、海岸の洞窟でひとり暮らすことを余儀なくされた少年トマス。不思議で強大な力を持つケルヴィム像を邪悪なデマラル牧師から取り戻すため、はるばるアフリカからやってきたラファーとトマスが知り合い、トマスの幼馴染の少女ケイトも加わった3人でケルヴィム像奪還の冒険が始まります。
 原書を読んでいたときは大まかな話がわかればいいや~と考えて、目当てのショーン・ビーンがモデルだというジェイコブ・クレインの出番以外はわりと情景描写は流し読みぎみにしてたので、今回はそこらへんもしっかりチェック。しかしながら、原書で読んだときと印象はさほど変わらないままでした。つまり、登場人物が多かったのと、後半を急ぎすぎたせいで中途半端な部分が多い。おもしろくないわけじゃないんですけど、手放しでお勧めはできないって感じ。
 あと、牧師さん (テイラー氏は今は牧師さんではないらしい??) が教区の子どもたちのために書いたお話だけあって、キャラクターたちが神さま (この物語世界ではリアタムスさま) を受け入れる過程が「そんなに簡単に信じていいの!?」ってくらいすごくあっさりしてる。で、神さまや信仰に対する考え方がかなり前面に出てくるのも、今ひとつ話の乗り切れなかった原因ではないかと思います。
 神さまはいつでも自分の側にいて見ていてくれるけれど、それに気付いて神の声を聞くためには、まず自分が神さまの存在を信じて受け入れる心が必要だ、ということが繰り返し作中で語られてるんですね。こういう感覚って、宗教が身近にないわたしにはちょっとなじめないものがあるんだな~。神の存在を感じることができてはじめて信仰心が生まれるんじゃなくて、信仰心があるから神の存在を感じられるってのはピンとこない。うーん、なんか卵が先が鶏が先かって話になりそうですが(笑)。
 子どもたち3人と悪役のデマラル牧師以外にも登場人物がゾロゾロ出てきて、なかなか魅力的でおもしろいキャラクターもいます。しかし、彼らはほんの少し話に絡むくらいであまり掘り下げられず、最終的に彼らがどうなったのかに触れられないままエンドマークが打たれてしまい、消化不良な気分になっちゃうのでした。
 また、少年・少女が主人公の物語だと、どうしても彼らが冒険を通じていかに変化するか、成長するかっていうことに注目しちゃうんですが、そこらへんもこの『シャドウマンサー』はいまいち弱い気が…。
 特にラファーがなんていうのかな、完全に“できあがっちゃってる”ので、どんな状況に陥っても弱さを見せないというか揺らがないんだよね。最初から最後までリアタムスを心の底から信じていて、トマスやケイトを導く役割も担ってるんですが、はっきりいって彼には隙がなさすぎておもしろみがないのよ~(笑)。
 その点、父親のだらしなさは自分のせいだと考えて、男の子のような格好をして強気に振る舞うケイトはすごくかわいい。父親のウソを知って怒る気持ちもよくわかる。でも、そこから大人の弱さや狡さを受け入れて和解するとか、少し距離を置いて冷静に父親のことを見ることができるようになるとかのフォロー部分が一切ないんだなぁ。なので、読み終わったあとで「ここの部分を置いてけぼりにしていいのか!?」と愕然としちゃったのでした。
 トマスについてもケイトと同じように腑に落ちないことがあります。母親のことを心配していて、父親のことに全く言及しないままイギリスを去ろうとしているケイトに腹を立てていたくせに、グラッシャン (ロード・オブ・ザ・リングに出てくるナズグルみたいな奴です) が母親に成り代わっていたことがわかったあと、母親の行方について気にしてないどころか忘れてるみたいなのがね、どうにも納得いかないですよ。
 期待のジェイコブ・クレインもおいしいところをエイブラムに取られちゃって、最後の戦いのシーンに颯爽とトマスたちを助けに登場するものの、それまでの過程が一切省かれているので唐突感が否めない…。どうやって教会にトマスたちがいることを知ったのだ? 最低限の説明くらい省かないでくれよ、テイラーさん! 悪人なのか善人なのか判然としないところとか、初登場のシーンとかはカッコ良かったんですけどね~。
 あらら、こうやって挙げていくと不満ばっかりになってしまった(笑)。いや、ひとつひとつの素材やエピソードはおもしろいと思うんです。だから最後まではとにかく読んでしまう。ただ出したい要素を出すだけ出して、それが整理されてなかったり中途半端なまま置いてけぼりにされるので、散漫な印象が残って不満がくすぶるのだ。それでも力技で最後は希望の船出にしちゃうところがスゴイんだけど。
 帯に「イギリスで“Hotter than Potter (ハリポタよりすごい)”と大絶賛」とかありますが、宗教的な素地がまずヨーロッパとは違うので、過剰に期待せずに読んだら、波乱万丈なお話だしそれなりに楽しめるんじゃないかな~と思います。…あまり確信は持てませんが (←原書で読んだ方のレビューがみんな芳しくないので弱気/笑)。
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by nao_tya | 2006-07-10 22:46 | 読書感想etc.