読書感想:恩田陸 『チョコレートコスモス』
2006年 05月 24日
某国営放送局の連続ドラマのシナリオも執筆し、今や中堅どころとなった脚本家・神谷、芸能一家に生まれ、幼いころから敷かれたレールの上を走るように演劇を始めて、若いながらもすでにその演技力には定評のある東響子、大学に入って芝居を始めたばかりなのにズバ抜けた身体能力と天才的なひらめきを見せる佐々木飛鳥。この三方向からストーリーは進んでいきます。
東響子が姫川亜弓、佐々木飛鳥が北島マヤって感じですか。残念ながら月影先生に匹敵するような強烈なキャラはいなかったな(笑)。
この3人を結びつけるのは、伝説の映画プロデューサー・芹澤泰次郎が久々に手がける舞台です。2人の女優が主役という以外にはなにも決まっていないこの舞台の最終オーディションに向けて、様々な芝居が作中で出てきます。そのどれもが舞台の臨場感とか興奮が文章からビシビシ伝わってきておもしろそう。「生で観てみたい!」と思わせるものばかりでした。
この『チョコレートコスモス』に限らず、恩田さんの小説には作中の小説、舞台というものがたくさん出てきてチラリとその内容に触れられるんですが、そのチラ出しのアイデアが実に興味をそそられるものばかり。こんな風に作品のアイデアを使っちゃうなんてもったいなくないか!? と他人事ながら心配したくなるほどです。惜しみなく散りばめられたネタたちに、恩田さんのなかに眠っているだろうものはこれの倍どころじゃないだろうことが察せられて、ちょっと怖くなったりもするのでした。
話を戻しまして。ひとつひとつの芝居が終わるごとに物語のテンションが上がっていって、ついに最終オーディションに至ったときの緊張感には並々ならぬものがあります。オーデションを受ける側である登場人物たちの気合もすごいし、審査員のようにそれを舞台のこちらで眺めている (読んでいる) 自分も、「これからナニが始まるんだろう?」、「どんなものを観せてくれるんだろう?」という期待と高揚感で一杯になって、息がつまるような感じ。
この最終オーディションの演目は有名な『欲望という名の電車』のなかの一場面。わたしはエリア・カザン監督の映画はたしか大学生のときに観たことあるんですが、あまりの救いのなさがイヤで、舞台版はとてもじゃないけど観る気になれないままきてしまいました。でも、この最終オーディションの東響子と佐々木飛鳥の『欲望という名の電車』なら、全幕とおして観てみたいと、本気で思います。小説世界ならではの表現を現実世界で生身の人間を使って再現できるかというと、残念ながら難しいというよりほとんど不可能になっちゃうんでしょうけど…。
登場人物のなかでは東響子にスポットが当てられている部分が多いぶん、脚本家の神谷や天才少女・佐々木飛鳥の書き込みが少なくて、ちょっと3人のバランスが崩れているようなところが気になりますが、演劇、舞台、お芝居という言葉に興味がない人でも、与えられた芝居の課題を作中の役者さんたちがいかにしてクリアしていくかはかなり楽しめると思います。興味がある人はもう云うまでもございません。
しかし、読了したあとは「おもしろかった~!」というカタルシスとともに、なにか以前にも感じた覚えのあるモヤモヤが心のなかに残った小説でもありました。よくよく突き詰めて考えてみたら、これって樹なつみさんのマンガ『暁の息子』を読んだときと同じ読後感だったのでした! 要するに、「これは序章に過ぎない」、「この先にはもっとおもしろい物語が待っているはずなのに、どうしてここで終わっちゃうの~」というもどかしさです。
もちろん、それぞれこの1本で十分な完成度なんですよ。でも「その後」を期待させる部分がたくさん残されているだけに、続編がないことにちょっとした苛立ちを感じてしまうという…。ぜひとも恩田さんには『チョコレートコスモス』の稽古から本番の舞台まで、樹なつみさんには『暁の息子』で柊成くんのその後を、1作目に劣らぬテンションで描いていただきたいです~。